ドットツールの歴史

最近Asepriteの布教活動っぽい感じだけど、ぶっちゃけこのツールが楽しいとか好きだとかじゃなくて割とゲーム用のドットキャラ作成するならオンリーワンだから。

だけどオンリーワンってどのくらいオンリーワンだったかというとえっと・・30年以上?
ゲーム開発に使える”市販されたドットツール”というと個人的にはDD倶楽部が最初で最後だった気がする。あとはまあ言っちゃなんだけど大体ゴミです。お絵描きツールとしては認められるんだが・・。

つまりだ。DD倶楽部が1989年発売で大体30年ぶりにゲーム開発向けツールが出てくれた感があるんで超オススメしてるわけだが、なぜ歴史的にそんなゴミツールが大量に出ては消えたのか?
それはフォトショップとかいう糞高いだけのウンコツール使ってドット打たせるという嫌がらせをして多くのドッターを殺したせいなのだが、それを言うためにはゲームドットの歴史を紐解く必要がある。

まずファミコン時代にはデザイナー用のドットツールなどなかった。方眼紙に描いてそのデーターを渡す時代。
つまりめんどくさすぎてドットツールが徐々に出てきた。
だがドットツールは何で動くかというと・・パソコンだ。

■16色表示
基本的にはPC-9800シリーズが国内ではよくつかわれた。プロフラム的な面でだけどね。DOS/V機とかも初期からあったけど割と限られた目的の印象。
前述のようにMSX2のDD倶楽部は割とゲーム開発の内製ツール的なものだったのだが、PC98中心のゲーム開発ではあまり普及しなかった。
ということで98の内製ツールを各社がそれぞれに開発して使うことになった。
この中にはアーケード系を中心にキーボードオペレーションのものが多数含まれていた・・・というかマウス制御がめんどくさかったんだ。ドライバーとかのライセンスの関係上、ツールを商品として売りにくい~とかも聞いたな。
この頃まだマウスは高価だった。ジョイスティックポートにつなぐMSXとかのeggマウスは割安で結構愛用した。
というかあの四角くてでかい使いにくいマウスしかなかったわ。(´・ω・`)

■アーケードとSMC-777
そんな初期の国内パソコン事情だったがデザイナーが使うパソコンという事で普及したのがSMC777だ。同時発色数が多い数少ないマシンでグラフィックが急激によくなった時代のアーケードゲームの開発現場で割と使われた。
だが当然ツールなどはなく内製ツールを作ることができる会社の特権的なものだった。
だがマイナー機種なので超レアだ。ゲーメストでビデオシステムが高価買取みたいなことを広告の下で出していたのでわかるかな?
そして当然のようにマウスなどない。マウスがないのでキーボードオペレーションするしかないのだw
カプコンやビデオシステムなどがこのパソコンで描いていたらしい。
私がビデオシステムに行った頃にはH98とかいう多色表示可能なビデオボードを搭載したマイナーなPC98系パソコンを使っていた…50万はする糞高いマシンだぞw
なおビデオシステム系流れをくむ彩京では業務用のウインドウズ用ドットツールを一時期販売していた。めっちゃ高かったので普通買えないツールだけど。というか元ビデオシステム系しか喜ばん系w

■マルチペイントとプラグイン
さて話をPC98時代に戻すが、PC98を使っているゲーム開発で内製のドットツールが作れない場合どうしたかというと・・・マルチペイントというツールを使っていた。
今の人は分からないかもしれないがPC98(PC88含む)といえばパソコンゲームというよりエロゲーなのだ。またパソコン通信でグラフィックをダウンロードする。みかか時代。
98のパソコンユーザーというのは誰かが買ったゲームをコピーしてゲーム買わなくてもゲーム遊び放題の夢のマシーンだったのだ。まあ作りてから言うと死ねよって感じだけどな。
そんな時代、エロゲーの開発等で使うのがマルチペイントと呼ばれるツールだった。
このツールの特徴がプラグインが使えたという事だ。
・・・ここで注意しておこう。このマルチペイントはパソコンで絵を描くツールであって、ドット絵のツールではなかったのだ。いやマジで。
なぜこれがゲーム開発に採用されたのかは、プラグイン機能でターゲットマシンに対応できたからだ。

ターゲットマシンというのはゲーム機での開発用の機材。ハードにもよるが、ブラウン管テレビにコンポジットでつないだゲーム機的なものや基板に映像データを送ることで実機と同等の表示することができるものだ。
つまりマルチペイントで描いて実機で出力的なのをぽちっと押すと、今描いている絵がメガドライブとかPCエンジンで映るんだ。

そして・・・このマルチペイントでの開発環境が悲劇を起こす。

■多色表示時代のフォトショップ利用の強制とドッターの大量離脱
1キャラ16色とかアトリビュート設定して実機ではカラフル~みたいな時代から普通にフルカラーや256色使える時代になってくる。プログラマー側の開発機もPC98やDOS/V機からウインドウズマシンになり、プレステとか次世代ゲーム機に・・そういう時代。
実はこの辺のゲーム機はCDメディアになったのと多色表示のせいでドット絵のゲームが逆に作りにくくなってしまったのだ。

簡単に説明するとまず16色しか使えないマルチペイントが使えなくなった。そこで市販ツールでプラグイン機能を持っていたフォトショップに白羽の矢が・・・立っちゃったのである。
なんとなくわかると思うがマルチペイントでもゲーム開発ツールとしてはゴミっぽかったのに、フォトショップとかドット絵的にはもうウンコである。
ウンコで絵を描きなさいとか完全に嫌がらせです。いくらターゲットマシンに出力できるといっても、クオリティーに自信がある人ほど嫌になります。つまり辞めます。

ドッター殺したのは大体フォトショップです。

そもそもこのころになると実機で確認したりしませんし、そもそもドットのゲームが作りにくくなってきます。
ネタ的にネオジオCDのローディングの長さがよくレトロゲーマーで話題になりますが・・・そういうことです。
CDメディアは一旦ラムに転送しなきゃならんのですよ。そしてラムが小さいと格闘ゲームとかを作るのも困難になる。
例えばスーファミとかメガドライブの格闘ゲーム・・簡単に言えば格闘ゲームはキャラが居る位置にそのポーズの絵を出して、当たり判定を計算するゲームです。
ロムの中に圧縮されたキャラクターデーターが全部入ってて、それをリアルタイムに展開、その場所に表示してます。
それをCDメディアだととりあえず2キャラ分のデータをRAMに一旦送らなきゃいけないわけです。セガサターンの拡張RAMカートリッジの1Mと4Mがなぜ発売されたかって感じです。
格闘ゲームはもちろんメタルスラッグのようなアホみたいにアニメーションパターンを使うゲームも拡張RAMカートリッジが必要なことで。まあお察しって感じですな。

■公式に提供されていたツール
一応公式に提供されていたツールもあるので説明しておくが・・。スーファミぐらいからPCエンジン等、ISキャラクターとかHu7Dとかいった開発機にくっついていたドット用ツールもあった。あったのだが・・・バンク単位にしか使えないとかいろいろ制限があって使いにくかった。ぶっちゃけゴミっぽかったので使った経験がねぇ。とりあえずノーコメントで。
一応、任天堂系のISキャラは歴史が長いのでハードの変遷にしたがっていろいろありそうだが結構マシになってきた印象だ。

■DSという時代
そんなこんなでろくにゲーム開発用といえるドットツールが出ないまま、マルチペイントとかいうゴミとフォトショップのウンチの時代でドッターは居なくなった。今日本でドットツールと呼ばれているものはこれらのゴミやウンコにアニメーション機能やグリッド単位移動やローテイトやパレットアニメーション機能を追加してマシにしたものだ。

だがそれらを使うときがやってくる。DSだ。
その前にポケモンで延命したゲームボーイやカラー、ゲームボーイアドバンスという時代はあるのだが、中身ファミコンやスーファミなのでその時代の開発ノウハウのある会社や、トーセとかの下請け会社に丸投げで作らせたゲームがほとんどだった。というか液晶しょぼすぎて、実機で表示が意味をなさないぐらいだったんだけどね。

だがDSだと中途半端に狭いRAMとロム的な使い方が出るフラッシュカードメディアがあって、DSでゲームを作るとなるとドット絵的な手法が重宝されたりもした。
このころになるとISキャラもそこそこ使えるようになってた印象。フォトショップのウンコよりマシなフリーウェアのEDGEとかが普及してきた頃だろうか。
とはいえ系列としてはお絵描きツールのウンコの末裔なのでそんなのつかうなよな・・と個人的には思うのだが、なかなか説明しにくいので今回ドットツールの歴史を書いてみた。

イヤ・・本当に30年ぶりのドット絵のゲーム開発ツールだよ、ウンコやゴミの末裔なんか投げ捨てようよ!と50歳の爺が言ってみる。

フォトショップだ!殺せ!
ウェブテクノロジーだ!殺せ!

投稿者: 奥田泰光

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です